定住のはじまり

現在の日本では、特定の住所を持たない人というのはほとんどいません。これは世界全体で見てもそうです。多くの国で、多くの人が特定の場所に居を構えてそこで暮らしています。未だに遊牧生活など、移動しながら暮らしている民族はかなり限定的だといえるでしょう。 ところで、人が定住するようになったのは何故なのでしょう? 大昔から、人はずっと一つのところに居を構えて暮らしていたのでしょうか?

もちろん、縄文時代は決してそんなことはありませんでした。特に旧石器時代などにおいて、人が食物を確保する手段は限られており、それは採集・狩猟・漁撈の三種類に過ぎませんでした。この三つを簡単に説明すると、それぞれ「木の実か何かを取ってくる」「肉が食べられそうな動物を捕らえる」「同じく魚を捕まえる」ということです。こういった採集経済においては、ある土地の食べ物をほとんど取り尽くしてしまえばそれまでです。場所を移動して、豊富に食べ物がある土地を見つけなければ飢えてしまいますから。この時代には、人は仮住まいで一時的に過ごすことはあっても、決まった場所に定住することはあまりありませんでした。

人が定住を始めたのは、農業が生まれてからのことなのです。農業をするのであれば、決まった場所に通って、農産物の世話をしなければなりませんし、収穫の時期にはそこで刈り取りを行う必要があります。せっかく種を蒔いたのに、すぐに他の土地へ移住してしまっては何のための農業だか分かりません。そうして、農業が根付き、余った農産物を倉庫で保管するようになりました。こうなるともう、住み慣れた場所を離れて移住を繰り返すメリットはどこにもありません。倉庫を建て、家を建て、決まった場所に居を構えて村をなします。狩猟の助けにしようと犬を飼っていたのに加えて、倉庫の穀物を荒らす鼠を駆除するために猫を飼い始めたり(今でも最もメジャーなペットは犬と猫ですが、実はこの時代の家畜化が始まりでそうなったのです!)と、ゆくゆくは今の文明に繋がるような暮らしを始めました。農業をして、取れた穀物を備蓄する。この一連の流れが完成して、定住が始まり文明が始まったのです。(同時に、農地が重要な意味を持つようになったことで、土地が財産となり、穀物の貯蔵量などに差が生じて貧富の格差が生まれ、持っている土地の面積や穀物の量に応じて、身分の差別も生まれました。保存してある食料などを交換する際の目安とするため、貝殻を貨幣にしたりもされるようになりました。そして、時には土地や穀物を奪い合って、戦争もはじまりました。近現代まで続く良いものも、悪いものも、すべてはここから始まったのです)

要するに、定住を基本とする文化・文明は農業に端を発する流れの中にあるものなのです。その証拠に、今でも地方では定住せずにテント暮らしの習慣が残るモンゴルなどは農業国ではなく遊牧民族の国家です。財産は羊や馬などの家畜であって土地ではありませんから、モンゴルの遊牧民族・騎馬民族は近代に至るまで国境・国土さえ画定させていませんでした。彼らは農業と対をなす、別の価値観で文明を築いていたわけです。モンゴル民族だけではなく、ウズベク族・アフガン族など中央アジアにも遊牧文化は栄えていました。これらの民族は、おおむね現在のウズベキスタン・アフガニスタンの大元となっています。
このように、定住というスタイルは農業に端を発する文明でのみで常識とされる一つの風習に過ぎないのです。ただ、最終的に世界の覇権を獲得した国々が、どれも土地を財産と捉える農業立国から始まっているために、それが世界の常識となっていっただけの話なのです。何も、人間が遺伝子的に、あるいは生物学的に、定住していなければならない理由など、どこにもありません。人間はもっと自由な生き物です。複数の場所に居を構えて移動しながら生きたって構わないはずですし、時にはテントを担いで山に入っていっても良いはずなのです。たまたま、2000余年の歴史を経て、主流となったスタイルが定住だったに過ぎないのですから、もしかして歴史が少し違っていたら、移住が当たり前の世界だってあったかもしれません。その世界では、誰もが複数の拠点を有して、移動しながら暮らしていたのかもしれないのです。

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カテゴリー: 素敵に生きる ~別荘ライフ~

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