あれこれコラム

多くの文豪を育んだ別荘文化の街・鎌倉

かつては源頼朝によって幕府が開かれ、日本の歴史上重要な場所であったと同時に、古き良き日本情緒が今も残る土地として知られるのが神奈川県鎌倉市です。

山と緑と海に囲まれ自然豊かで気候にも恵まれた鎌倉は、明治時代以降「文士」と呼ばれる文学者には恰好の別荘地として愛され、彼ら文豪たちが残した後世に残る文学作品は、鎌倉という風土が生み出したといっても過言ではないでしょう。ここでは、別荘文化の中心地であった鎌倉を、文学者たちの視点で散策してみることにしましょう。

文学者ゆかりの歴史ある古都

鎌倉は、日本のみならず世界的な古典文学と評される「平家物語」や「義経記」の舞台ともなっており、古代から文学とは親和性が深い土地柄として知られています。その鎌倉が、関東エリア随一の別荘地となったのは、気候的条件と同時に、政治の中心地であった鎌倉時代に数多くの寺院や古式の則った建造物が建てられ、その後も「古都保存法」によって近代的な開発事業に歯止めがかかったことで、歴史的史跡が保存されて現在に至っていることが挙げられます。

つまり、伝統的な日本文化の息吹が今も感じることができるという点に、作家や芸術家たちの想像力をかき立てる効果が備わっているからともいえるでしょう。鎌倉が日本有数の「文化都市」と呼ばれるゆえんでもあります。東京と鎌倉を結ぶ「横須賀線」が開通したのが明治22年で、この頃から小説家や画家などが都会の喧騒から離れてじっくりと作品の構想を練るために鎌倉を訪れるようになっていきます。そして時代が昭和に入ると、新聞や雑誌などの連載小説を読む人々が急増したことで、人気作家たちはこの鎌倉の地で自作の執筆に追われることとなります。

「鎌倉文化人」が形成される

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