世界の別荘から

ロシアにおける菜園付き別荘「ダーチャ」

日本人にとっては別荘イコール避暑地というイメージがあり、蒸し暑い夏場に都市部を避けて涼しくしのぎやすい土地に建てた別荘でひとときを過ごすというパターンがほとんどです。これがヨーロッパとなると寒冷地から温暖な気候の土地に建つ別荘で長期間の休暇を楽しむという習慣となります。日本では別荘で休暇を過ごすことが一部富裕層の贅沢な行為であるのに対し、ヨーロッパ諸国では別荘を所有するのは必ずしも贅沢とはいえず、日本人の常識では信じられないほど格安価格で販売されている別荘も少なくありません。

それでは、ヨーロッパには属さずアジアでもない、ユーラシア大陸の北の大国・ロシアでの別荘環境はどうなっているのでしょうか?今回は、日本ではあまり語られることがないロシアにおける別荘事情を紹介しましょう。

帝政ロシア時代の別荘文化

旧ソ連時代からロシアはヨーロッパよりも近距離に位置しながらも、日本にとっては「近くて遠い国」でした。革命以前の帝政時代のロシアでは、夏季に気候のよい場所に別荘を建てて過ごすというヨーロッパ諸国と同様の風習がありました。

ロシアではピョトール大帝の時代に都市部の住民のあいだに「ダーチャ」と呼ばれる建物を郊外地に別荘として建てて休暇を過ごす習慣が広まりました。ダーチャには貴族階級が利用するサウナまで備わった豪華な建物から庶民のための質素な小屋風の建物まで、さまざまな態様があったことから決して一部の特権階級だけの習慣ではなかったことがわかります。なかには複数の家族で共有するダーチャもあったようです。

帝政時代のロシアではダーチャ文化ともいえる独自の別荘文化が花開き、人々の多くは頻繁にダーチャを利用するようになりました。なかには平日は自宅、週末はダーチャという居住形式をとる家族も増え、別荘地で菜園をはじめるパターンも多くなり、菜園で収穫した農作物を販売する例もみられるようになっていきます。大規模なダーチャとその周辺の菜園の所有者は「ダーチュニク」と呼ばれ、その菜園や家畜場で使役する労働者も増え、ロシアのダーチャ文化は一種の地域産業化の様相を呈していきます。

ソ連時代に変質した「ダーチャ」

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